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奈良県の歴史
- 1868年 添上郡奈良に大和鎮台を設置。大和鎮撫総督府を経て、同年に奈良県。奈良府となる。
- 1869年 奈良県に改称。同年に十津川郷を兵部省軍務官に(のち五條県に編入)移管。
- 1870年 宇智郡・吉野郡および葛上郡・宇陀郡の一部を五條県に移管。五條県分離当時の奈良県の管轄地域は、添上郡68村、添下郡8村、平群郡61村、広瀬郡12村、葛下郡34村、葛上郡31村、忍海郡8村、宇陀郡89村、式上郡21村、式下郡26村、十市郡38村、高市郡41村、山辺郡55村(いずれも郡域の一部)であった。
- 1872年 大和国10県が統合され、改めて奈良県が設置された(第1次府県統合)。ところが、この奈良県は1876年(明治9年)4月18日に堺県に編入されて廃止となった(第2次府県統合)。その堺県も1881年(明治14年)2月7日に大阪府に編入されて廃止となったが、この年の12月には今村勤三ら大和出身の大阪府会議員を中心に奈良県再設置運動が開始された。そして、1887年(明治20年)11月4日に奈良県(第2次)が再設置され、11年半におよぶ堺県・大阪府時代が終わった。
- 1871年 廃藩置県で大和全体を管轄する奈良県が設置。
- 1876年 奈良県が廃止されて、大和は堺県に。
- 1887年 奈良県の再設置
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